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倉敷酒津焼
かぶとやまがま兜山窯

兜山窯は高梁川西岸の酒津八幡山(通称兜山)の山麓にあり、酒津焼発祥の窯場でもあります。ここに酒津焼二代目嘉蔵の五男岡本蕭一が昭和十年兜山窯と銘打って登り窯を築いたのが始まりです。

蕭一は若くして京都の巨匠楠部彌弌氏のもとで三年間修行し、その間名工石黒宗麿氏とも親交を得て陶技を磨きました。

間もなくして民芸運動の創始者柳宗悦氏との出会いを機に氏の工芸感に強く共鳴し、大きな影響を受けました。そして簡素で自然な美を求め、終生の仕事として作品造りに専念し多くの方から高い評価を受けました。

現在は、初代の薫陶をうけた二代孝明、三代達弥父子二人が良質の兜山の土を生かし、灰釉を主に海鼠釉、糖白釉、辰砂他多種の釉を駆使して、時代に即した斬新で生命力ある作品を目指して精進しております。

兜山窯で生まれた作品が皆様の暮らしを豊かにし、潤いと安らぎを与えることができれば、この上ない幸せです。


倉敷酒津焼 兜山窯作家紹介

岡本 蕭一(初代・故人)詳細

岡本 孝明(二代目)詳細

岡本 達弥(三代目)詳細


倉敷酒津焼 兜山窯の歴史

家系図

歴史

酒津兜山窯跡図(岡山県立博物館蔵)この後明治十三年に300㍍南の麓に十三袋もある西山窯を築く。

明治九年、酒津焼の歴史がはじまる。

岡本末吉が明治九年に酒津に移住し、萩から職人を招き酒津焼を開始。
数年後に地元の石井浅次郎、安原嘉次郎らと共同で新しく窯を築いた。
これが「加武登窯」(兜窯・甲窯)である。

大正時代の西山窯「都窪郡誌」より当時は窯の屋根がわら葺きで、わらに火がうつっては、あわてて消したそうです。

初代兜山窯の創設。

末吉没後、嘉藏が甲窯と西山窯でフル生産。
西山窯は大正十三年に廃窯、再び甲窯だけとなる。
昭和六年に、蕭一が作陶を始める。
昭和七年から十二年にかけて、柳宗悦、浜田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチ、富本憲吉など、民芸運動の指導者達か訪れ指導する。
昭和十年、蕭一は雑器だけの制作に飽き足らなくなり大窯のすぐ近くに自分だけの窯を築く。これが、兜山窯の始まりである。

現在の兜山窯

兜山窯は酒津焼発祥の地で伝統と共に、創作活動をつづけている。


昭和三十六年に蕭一の次男、孝明が兜山窯にて作陶を始める。
平成九年に蕭一の孫、達弥が兜山窯にて作陶を始める。
現在に至る。